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佐貫観音

佐貫観音

佐貫観音

佐貫観音磨崖仏は、大日如来の尊像であり、御丈18メートル、地上からの総高22メートルあります。

御作・年代は、藤原富正・弘法大師一夜の作と伝わっています。天平神護元年(765年)多度郡司藤原富正が五人の従者を引き連れ東国を目指し、佐貫の地に参りました。富正の守り本尊であった黄金観世音菩薩の尊像を岩堀に安置して、尊崇していました。大同二年(八〇七年)六月十八日、弘法大師が佐貫の地に参り、山上にて大法を修し、馬頭・如意輪観音の尊像を彫刻して、富正の子息富次に授けたとされます。

富次は父の志を継ぎ三体の尊像を恭敬していました。その後、中央の霊屈に収めてこれを奥之院としました。奥之院には、人が往来することが難しいため、六十二年に一度山頂よりより大綱をたらし、その昔富正について来た五人の従者の子孫が、斎戒沐浴し身を清め奥之院によじ登り、中の仏さまを参拝者に拝観結縁させていたと伝わっています。

第四十八代順徳天皇の建暦元年(1211年)親鸞上人越後御流罪放免の折り、東国のますらおを教化ののため、芳善坊(佐々木盛綱)をお供に常陸国(茨城県)へ向かわれる途中、しばしば留錫された霊場でもあります。

 

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